ご相談に対する回答の一部を掲載いたします。お悩みをお持ちの方のお役に立てれば幸いです。
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NO64. 宗教の違う人との結婚で悩む32歳の男性のケース
「ご利益信仰でなければ、宗教、宗派は関係ない!」


自分は代々仏教徒の家に生まれたのですが、結婚を考えている彼女がクリスチャンなので、結婚しても良いのか悩んでいるとのこと。
 
日本人は、生まれた時には、お宮参りから始まり七五三、十三参り、そして正月には初詣と神社に詣で、クリスマスを祝いバレンタインデイやハロウィンパーティーを楽しみ、亡くなればお寺でお葬式をし・・・。というように一体何の宗教の信徒なのかと訳の分からない人種のように見える。
そこで大事なことは、どの宗教が優れているのかということではなく、どの宗教(一部新興宗教は除いて)においても(お釈迦様にせよイエス様にせよその他の聖人達の)すばらしい教えがあります。そのどれをあるいはいくつも学ぶ、即ち自分(の生き方)に取り入れるかは、自由であり自己責任なのです。但しそれらをご利益を求めるだけのご利益信仰として捉えているのであれば、それは間違いなのです。つまり宗教(組織)に属することとは別なのです。あくまでも自分の生き方の指針であったり拠所として取り入れることにおいて問題は無いのです。
例えば先祖の供養においては、生前本人が好んでいたものが、お経ならお経を、賛美歌なら賛美歌を捧げてあげることが一番の供養になります。他宗教を非難し改宗(宗旨替え)を勧めるのは持っての外です。又お守りをあちらでもこちらでも購入すると、神様同士が喧嘩をするので、他所では購入してはいけないなどと、さも本当かのように説明をしている関係者もいますが、神様はそんなことで喧嘩等致しません。神様も仏様もいつも我々を守っていて下さいます。しかしそれは我々の思い(願い)通りにして下さることではないのです。我々が少しでも学び成長するように導いて下さっているのです。神様には願うのではなく感謝を捧げのみなのです。

NO63. 夫の不倫が原因で、離婚をすべきか悩んでいる39歳の主婦のケース
「離婚に良い悪いは無い、大事なことは、そこからしっかり学びを得ること」


愛人とも続けると言う夫だが、経済的なことを考えると子供2人を育てるのは厳しく、我慢をしているとのこと。
 
夫の星は、月柱と日柱がチュウしており、元来配偶者との関係が不安定になりやすい、そして深水という、許されない恋愛(不倫)に溺れる星を持っており、正に持って生まれた運命(宿命ではなく、それこそが本人の課題であり、自分を律したり、努力をして乗り越えていくべきテーマ)に翻弄され、そのままに生きておられ、さらに宿曜は房宿(独特のフェロモンを発し女性を惹きつける星、それでいて偉ぶらずソフトな物腰で、相手の心をとらえる星)で妻の畢宿(マイペースで、頑固、身内思いは良いのだけれど、家庭に入るとなりふり構わず家族の世話をし、女心を忘れ、身だしなみも忘れてしまいがちな星)は危成の関係で星の距離も遠く、俗に「二階から目薬」という、元来縁が薄く、お互い異質な性格で、接点が見出せない関係で、仮面夫婦、熟年離婚が圧倒的に多いパターン、従って夫婦の相性からして、添い遂げるにはかなりハードルの高い結婚を選んでいることになります。
そこで離婚するかしないかは、あくまでも自己責任で決めることですが、大事なことは、経済的に困窮するのが嫌だからと、我慢をして夫に依存して生きていくのは怠惰な生き方だと思います。たとえ生活水準が下がろうとも、子供と共に前向きに楽しく生きていく「自立する」という学びを得る離婚はすばらしい離婚なのです。又自分のことを棚に上げて、一方的に相手の欠点、問題点だけを並べ、さも自分は被害者であるかのようにそこから逃げ出す逃避型の離婚は、悪い離婚の典型です。そもそも相手を選んだのは自分であり、自分には何にも問題は無かったのか、必ずあるはずです。自分の未熟さ愚かさをきちっと反省し、その経験を学びに出来た時、その離婚はすばらしい離婚になるのです。離婚が良い悪いではないのです。良い離婚になるも悪い離婚になるも本人次第なのです。

NO62. 29歳のうつ病の娘を持つ母親のケース。
「うつ病の人には、頼みごとを・・・。愛の反対は無関心」

29歳で未婚の娘が,仕事もせずに家に閉じこもりがちで困っているとのこと。
 
確かに彼女は、日干が辛で、月干が丁の偏官で精神的に不安定になり易く、宿曜が壁宿で、真面目で陰性で孤立し易く、心の病(うつ病・ノイローゼ)に縁の深い星ではある。ところで、うつ病も、きつくなると「死にたい」と思い始めるようだが、彼らに共通する気持ちが、「自分なんかいてもいなくても、一緒」「自分がいなくても、誰も悲しまない」というもので、自分の存在意義が、感じられなくなるようなのです。この世には必要でない人間は一人もいないのです。しかし彼らにはそれが感じられなくなっているのです。但しそのような時に我々が気をつけなければいけないのは、励ますつもりで「頑張れ」とか「強くならなければダメだ」というと、逆に言われたほうは突き放された気持ちになり、本当はそのとおりなのだが、それが逆効果で死ぬことに拍車をかけることにもなるのです。単刀直入に「死ぬな」というのもあるでしょうが、そこでそのようなときには、本人に用事を頼むのが一番のようです。○○についてのあなたの意見を今度聞かせて下さい。あなたの得意な○○を私に作って下さい。・・・。元来うつ病の人は、真面目な完璧主義者なので、頼まれごとには律儀に答えようとするのです。中途半端で死ねないのです。かのマザーテレサも言っていたように、愛の反対は憎しみでも憎悪でもない、無関心なのだと。自分が必要とされている自覚があれば、死のうとは思わないのです。又、自分がうつ状態だと思う人は、「いいことが何もない」「辛く悲しいことばかり」「誰も助けてくれない」・・・。と社会や他人にしてもらうことばかり考えるのではなく、自分が世の為人の為に何かしよう、例えばゴミを拾う、お年寄りの荷物を持ってあげる、・・・。他人に喜んでもらうと、生きるエネルギーが沸いてくるのです。人間は他人から喜ばれる存在になるために生まれて来ているのです。

NO61. 家庭内暴力(DV)で悩んでいる32歳の主婦のケース
「甘んじ(容認す)るのではなく、本当の愛で毅然と立ち向かうこと」

自分に悪いところがあるので、彼が怒っているのであって、自分の悪いところを直せば・・・。と彼の暴力を甘んじて受け入れているとのこと。
 
確かに彼の宿曜は、箕宿で短気で荒っぽい性格、俗に言う典型的なヤク○星で離婚率の高い星であり、彼の素行は大方想像はつくのだが。このようなケースで問題なのは、暴力を受けている側(妻側)が、その状況を甘んじて受け入れていることなのです。そこには、自分にも悪いところがあり彼が暴力をするのは当たり前で、・・・。あるいは彼は何か気に入らないことがあり暴力をふるうのであり、自分はそれを受け入れ我慢するのが愛であると、間違った愛を実践している人。あるいはとにかく暴力に耐え、うまくこなしていけば、生活が続けられる(その人のおかげで食べさせてもらっているのだから)とまるで奴隷か使用人のような自立心の無い依存型の人もいる。
確かに結婚を永久就職と考えている人にとっては、定年まで、連れ添って(家庭で働いて)退職金(慰謝料)を貰って離婚と言うのも分かるが。大事なことは、暴力はいけないもので、「いけないものはいけない」と毅然と主張すること、そして本人にDVの自覚をさせることなのです。暴力を振るわれれば「痛い」「いやだ」「何故暴力をふるうのか」と相手に言うことで、相手にDVをしていると言う認識をさせ ること、もちろんその場から逃げることも一つの意思表示であり、有効な手段でもある。それでもダメな場合は、別居、離婚もやむをえない。
自分が我慢をして相手の思い通り(間違ったことを)にさせることは、決して愛ではない。相手にしっかりDV(家庭内暴力)の自覚をさせ、そこから抜け出し、これ以上罪を重ねさせない(因縁を積ませない)ようにしてあげることが、本当の愛なのです。

NO60. 仕事をどんどん回され、ストレスが溜まり爆発寸前の28歳のOLのケース
「仕事は感謝の気持ちで、さ せ て いただくもの」

入社以来真面目な自分にばかり仕事を回し、先輩達はお茶をしたり、雑談をしており、その割りに自分が評価されず不満が一杯とのこと。
 
例えば上司にお茶を頼まれて、持って行った時に、上司が「ありがとう」と言ってくれれば気分が良いが、持って来て当たり前というような態度をとられれば、カチンとくるでしょうが、実はこの時こそ「お茶を入れさせて下さってありがとうございます。」なのです。働くとは、はた(端)を楽にすることなのです。しかも人のために体を使うことは、最高の健康法でもあるのです。
あるリウマチ患者の方が、自分の体が痛いので人のために体を動かすことが出来なく、もし治ったら人のために体を動かそうと考えていたのですが、ある著名なお医者さんがその患者さんに治療をするのではなく、いろいろと頼みごとをしたのです。寝たきりのおばあちゃんをお風呂に入れて上げて下さいとか、他の患者の湿布を貼り替えて上げてください、・・・。そこで当の患者は体が痛いのですが、先生から言われたもので仕方なくやっていたそうです。すると1ヶ月程続けていたところ、リウマチが治ってしまったそうです。理由は分からないのですが「人のために体を使うと自分の体が丈夫になる」ようです。つまり自分が頼まれた仕事は、してあげているのではなく、させていただいているのです 。そして、そのお陰で、体が丈夫になり、お金を頂いて生活ができ、自分も磨かれ魅力的になり、・・・。「ありがとう」なのです。
まるで先輩達の都合で仕事をふられているようにも見えますが、その仕事をする為にあなたがおり、それがあなたの役目なのです。頼まれた仕事は可能な限り、喜んで引き受けることです。そして我々はどんどん頼まれごとを言ってもらえる人間になることが大事なのです。

NO59. 最近不運続きで、生きる気力も失せてきたという会社員のケース
「幸せの数を数える習慣を身につけること」


このところ、事故で怪我、リストラ、再就職するも地方転勤、嫌ならクビと良いことがなく、自分の不運を嘆いているとのこと。
 
確かに人には運勢といって、運気の良い時期悪い時期はあります。彼は正に戌亥の空亡と言う運気の悪い真っ最中ではありますが、これは彼に限ったことではありません。誰にでも人生(年間・月間・日間)には運気の良し悪しはあるのです。もちろん何かを始める、勝負をするといったときの目安にするのは良いかもしれませんが、なかなかそうそう占いの結果をあてにしながら生きて行けるものではないし、又それによって生きていくものでもないのです。何事も被れてはいけないのです。それより大事なことは、不幸の数を数えるのではなく、幸せの数を数える習慣を身につけることが、開運法なのです。
ある片足が無く、松葉杖でいつもニコニコと笑顔で歩いている方に、あなたはどうしてそんなに楽しそうな笑顔が出来るのかと尋ねたところ「私は片足が無いだけですよ」さらに「私は恵まれています。目が不自由で人の顔も景色も見えない人、耳が不自由で人の声も音楽も聞こえない人、寝たきりで外出出来ない人・・・。私は目も見え、耳も聞こえ、外出も出来、それに私には希望の明日がありますから」。
ベンツに乗れなくて不幸、高級料理が食べられなくて不幸、高級ブランド 品が・・・。軽自動車だけど乗れて幸せ、粗食だけど食べられて幸せ、安売りの・・・。五体満足の乙武洋匡氏曰く「失敗」と書いて「経験」と読む。あるいは、超落ちこぼれであった発明王エジソンのように人生には失敗は無い。あるのは「成功」か「学び」だけ、仮に失敗したとしても、それは実は大事な学びなのです。結局人生はトータルうまく行っているのです。何も心配はないのです。

NO58. 二人の女性から交際を申し込まれ悩んでいる男性のケース
「大切なのは、強い心の結びつき」

二人の女性から交際を申し込まれるも、どちらも好きで一人に決められなく困っているとのこと。
 
占い的には、相性診断というものもあり、恋人としては良いが、夫婦としてはダメ。前世からのご縁で赤い糸。仇同士の縁・・・。と様々あるのですが、どのケースが良く、どのケースが悪いというのではなく、全てのケースに学びがあるのです。それはさておいて、選び方としては、直感。あるいは極論コインの裏表で決めるというのもあります。時には一生を左右するような大事なことをコインで決めるとは、いささか不謹慎に思われますが、筮竹を使う易と同じで、精神統一をして、「どちらの方とつき合えばよいでしょうか?」と心に念じてコインを投げれば、潜在意識という万能の神が正しく導いてくれるのです。もし直感ではなく、選ぶ根拠がほしいという人は、選ぶ理由を相手の中に探さないこと、つまり二人を比較しないことが大事です。Aはピアノが上手だが、Bはテニスが上手どちらも魅力的だが、比較のし様がない、あるいはAは優しく癒し系だがドキドキしない、Bはドキドキする刺激がある、いわゆる「隣の芝生は・・・」である。従って根拠は自分の中に探すこと、率直に自分が大事にしたいと思える人。自分と一緒にいて楽しいと思ってく れる人を選ぶべきなのです。要するに選ぶ際に、自分が得ることだけを考えているから、Aに無いものをBに求めてしまい迷うのです。
82年度ミス・インターナショナル準日本代表にして、ファッションモデルであった鈴木ひとみさんは、84年に交通事故で頚椎骨折で半身不随になりましたが、当時恋人であった彼が彼女を献身的に支え、治る見込みのないまま彼は愛を貫いて、86年に結婚。今も二人は幸せに暮らしておられます。経済的あるいは肉体的に恵まれてさえいればよいとは限らない一番大切なことは強い心の結びつきなのです。

NO57. 人間関係(先輩との)で悩む25歳の会社員のケース
イヤなことは考えなくてもよい、いずれ消えるから」

私のことを影でこそこそ言ったり、時々無視されることもあり、どうすればその先輩とうまくいくのか悩んでいるとのこと。
 
先輩にも何か理由があるのでしょうが、それを聞き出して是正するのもひとつですが、案外理由はなく、単に虫が好かないというケースも少なくない。そのような場合、余りに自分のどこをどう直すかを考え込むよりも、只黙々と先輩から言われたことを一生懸命やる。しかもそれは、先輩に認められるためにやるのではなく、自分のためつまり自分の能力を向上させるためにやるのです。誰かのためにやっていると思うと、評価されなかったりすると又腹が立つのです。ところが自分のためにやっていると思えれば、あの先輩のお陰で成長できたと、感謝すらできるようになるのです。
この世の中は自分への賞賛が50%、自分への批判が50%これを50−50の法則と言うそうです。賞賛だけでは天狗になるし、批判だけでは潰れてしまう。自分にとってほどよい関係になっていると。従って今、目の前で批判されている時には、同じぐらいの賞賛が自分には来るのだといえるのです。一人の嫌な先輩のことが気になって、周りの人々が自分に優しく接していてくれることに気がつかないのは悲しいことです。周りの優しさに目を向け感謝をしているとまた展開も変わっていきます。目を向ける場所を間違えてはいけない。
ヘレンケラーの言葉に
「いつも太陽の光に顔を向けていれば、影を見ることはありません」
目をむけるのは、影ではなく光の方です。イヤなことは考えれば考えるほど自分でイヤなことを大きくしてしまう。イヤな先輩のことは、考えない・悪口を言わない・他人に話さない・・・。自分の貴重な時間イヤなことに当てなくてもよいのです。嫌いな人の事は考えないことが一番の選択。先輩から来るイヤな気持ちを相手にしなけば、その気持ちはいずれ消えるのです。

NO56. 他人から良く見られるには、どうすればよいのか悩んでいる33歳の主婦のケース
「良く見せなくてもいいということに気付いた自分が、最高に良く見える自分」

幼稚園児である我が子の送迎バスの待ち合わせ等で、他のお母さん達と仲良くしようと思うのですが緊張して上手くいかないとのこと。
 
自分は昔から口下手で、周囲のお母さん達は優しく、とてもいい人に見え、いつも自分を良く見せようとするのだが、上手くいかず自暴自棄になっているのようですが。
自分を悪く見せたいという人はおりません。誰しも自分を良く見せたいのは一緒です。ドリカムの吉田美和さんの言葉に「これが私なんだ!」って心から思えた時が、その人は、いちばんかわいいんだと思うというのがあります。つまり自分を受け入れることを言っているのです。周りにしっかりしたお母さん、きれいなお母さん、おしゃべりの上手いお母さん・・・。でもあなたの子のお母さんはあなただけ、ならば今の自分であることを楽しむことです。未熟な部分も含め「これが私なのだ」と自分を受け入れたとき人は輝くのです。
スマップの「世界に一つだけの花」No1.にならなくてもいい、もともと特別なオンリーワンと。黄色がイヤだというひまわりに魅力はない、アサガオになりたいというタンポポにも魅力は感じない,ひまわりはひまわりで素敵。タンポポはタンポポで素敵。ひまわりの好きな人もいれば、タンポポの好きな人もいる。しかしアサガオに見られようとしているタンポポを好きな人はあまりいない。
こんな自分はイヤだと自分のダメなところを数えるのではなく、ちょっとしたことでも上手くいったことを喜び、今できた些細な良かったこと喜んで行くそのちょっとした積み重ねが、自分を受け入れるようになるコツなのです。人間は完璧な生き物ではないのです。しっかりしようと頑張りすぎると苦しくなります。ありままでよいのです。良く見せなくてもいいのだということに気付くことが、自分を最高に良く見せる方法なのです。       

NO55. 結婚を考えていた彼との別れのショックから立ち直れないと言う29歳の女性のケース
「失恋は忘れるのではなく、よい思い出にしてしまうこと」


23歳から6年間(自分としては結婚をとも考えて)付き合ってきた彼と別れ、ショックとともに彼とのことが忘れられなくて落ち込んでいるとのこと。
 
愛する人との別れは、悲しく寂しいものです。けれどそれで人生が終わったり、二度と出会いがないわけではありません。むしろ新しい出会いに向けてのスタートでもあるのです。もちろん別れた当座はショックな気持ちは分かりますが、ただいつまでも感傷的になり落ち込んでいると波長が下がり折角の次のよい出会いを遠退けてしまうのです。しかし終わった恋を忘れてしまえというのではありません。相手を心から愛した尊い事実、愛に満ちたすばらしい時間は、あなたの貴重な体験であり大切な思い出として心の中にしまっておくこと、これは必ずやあなたの宝物になるのです。そして一刻も早くよい思い出に変えて、失恋を引きずらなければ、新しい恋は必ずやってきます。
よく「その人とはご縁が無かったのだ・・・」という言い方がありますが、出会う人とは出会い、別れる人とは別れるのです。又「類は類を呼ぶ」とも言い、友達にしても彼氏・彼女にしてもその通りで、失恋をしてフリーになった今こそ、今を大切に、次の出会いだけを求めるのではなく、今しか出来ないことを経験したり感動をし学びを得て自分を磨き成長させることです、正にレベルアップのチャンスかもしれません。そうすれば必ずあなたに相応しい方が現れます。さらによいご縁を得るために大切なことは、自分が「あーでもない」「こーでもない」と相手に求めるのではなく、自分が相手から求められる人になることです。

NO54. 親の言うこときかない我が子の子育てに疲れ果て悩んでいる主婦のケース
「親の器が広がれば、子供は自と変わる(怒らず比べず、笑顔で誉めて肯定すること)」


親の言うことはきかず口ごたえはするし、学校の成績も悪く、学校からもこのままでは進学、就職に支障があると言われ悩んでいるとのこと。
 
世に天才と言われる人たちが数多く出ているが、その人たちにはある共通項があるそうだ。それは母親が変わった人であるということ。それは、我が子をこの子はこういう子なんだと理解してあげ、子供に対し文句や小言を言わない。で、学校の先生や周りが何か言ってくると自分が盾になり子供への批判や文句を受け止め、本人には伝えず、徹底して子供を信じ、子供に対して肯定的な見方をしていたそうです。これは天才に限らずいい子を育てる極意ではないかと思います。
吉田松陰が松下村塾で行った教育も、一人ひとりの優れたところを見い出して、それを教えてあげることで、決して他人と比べたり、競わすことはしなかった。しかも松陰という人は生涯一度も声を荒げたことが無く、天性の優しさをもった人のようです。真の教育者や親のあるべき姿がそこに感じられます。
親は子供を教育する立場にあるのですが、実は子供には、親の思い通りにならなかったり、親の見栄や価値観を崩したり、と親自身の人格を磨くという役目があり、即ち親が子供を育てているのではなく、子供が親を育てているのです。そこで親の役割は、衣食住の環境を安全に確保することだけなのです。親は、子供を怒鳴ったり、怒ったりしがちですが、魂のレベルでは、子供のほうが上である場合が多く、従って子供のすることが気に入らないとこれまで怒鳴っていた親が怒らなくなると、不思議と子供はその行為をしなくなります。つまり原因と結果が逆になっているのです。
子供のお陰さまで親は人格者になれるのです。子供に人格者になれという前に先に親が人格者(器つくり)をすること、何故なら先に生まれたのだから”先生”。親は子供より先に生まれているのだから先生なのです。先生とは子供のお手本になるということなのです。

NO53. 今年こそ結婚したいと願う34歳の女性のケース
「相手を受け入れる心が良縁を生む」


結婚をしたいと願い、お見合いも重ねるが良縁に恵まれず結果が出ずに悩んでおり、何か秘訣がないかとのこと。
 
晩婚化から非婚化へと益々結婚をしない女性が増える昨今、一方では結婚したくとも出来ない女性も少なくない。俗に赤い糸のつながった運命の人という言い方がありますが、まるで前世から運命の人が決まっていると考える方もあるようですが、実際はそうではなく、今生(現世)で出会う人(恋愛関係だけではなく)は宿命(生まれる際に定まっている)によって決まっています、そしてその中で誰を恋人や配偶者として選ぶかは、自分(磨き)の努力や考え方によって運命の人は変えられるのです。もちろん相性や時期の良し悪しというものも選ぶポイントではありますが、本来結婚は今生を生きる我々にとって、最大の修行であり学びの場であることが分かれば、楽なものである訳がない。結婚をゴールインと言うが、恋愛上のゴールであり、真の(人間)愛を育んでいくスタートなのです。
さて、本題の結婚をするための秘訣だが、例えば彼と食事をした後に彼が二人分の食事代を払おうとした時、「自分の分は自分で払います」と主張する女性は良縁に恵まれていないようです。確かに、奢ってもらう理由がないとか、借りを作るのは嫌だとか理屈はありますが、二人分出したいという人には素直に出してもらい、その上で心から感謝の気持ちを込めて「ありがとうございます」と言えば、貸し借りはないのです。要は、心を開いて、相手を受け入れるやさしさが大切なのです。これは、恋愛に限らず、日常の人間関係においても大事なこと。相手に与えることも大切だが受け取ることも大切。何でもかんでも遠慮することが美徳のように勘違いしている人も見かけるが、それこそが傲慢な姿勢なのです。他人の親切を素直に喜んで受け取る人が謙虚な人なのです。相手を受け入れられるやさしさが良縁に恵まれる秘訣なのです。

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