ご相談に対する回答の一部を掲載いたします。お悩みをお持ちの方のお役に立てれば幸いです。
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NO52. 最愛のお父様を突然の事故で亡くされ、霊能者の供養法に疑問を持つ女性のケース
「死はこの世からの卒業(自殺は退学)で、永遠の別れではない」

事故で肉体が激しく損傷しているので、先ず元の体に戻さなければ成仏しないと、ある霊能者に言われそのために法外な祈祷料を要求されたとのこと。
 
病死であろうと事故死であろうと死に変わりはありません(自殺は別)、只、病死は遺された者が心の準備をする時間があるが本人は苦しむ時間が長い、一方事故死でも即死の場合は苦しみは無いが、時として突然すぎて自分の死の自覚が無く未浄化のまま浮遊し(幽霊)成仏が遅れることがある。そこで成仏するために大事なことは、この世への未練と執着を絶ち宿命としての寿命を悟り即ち死を受け入れ、次の世界(あの世)へ旅立つ気持ちになることである。そのためには、遺された人は、諦観の境地(諦めの心)に至ることなのです。悲しいでしょうがもし遺された方が未練を持つと亡くなった方も未練を持ってしまうのです。気持ちは分からないでもないのですが、よく生前使っていた部屋などをいつまでもそのままにしておき、いつでも帰って来れるようにとされる方がありますが、これはまさに成仏の妨げになります。又「何故私を残して・・・」や「もう一度生き帰って・・・」というのもよくありません。実は我々の思いは必ず亡くなった方に通じるのです。従って「あなたの分まで頑張って生きるから、安心して・・・」と心配させないで、送り出すことが一番の供養なのです。死に方はその人の魂の学びによって様々(長患いで苦しいんだり、事故で即死・・・etc)ですが、死んだ後は全て平等、そして苦しみも一切ありません。よってバラバラの体を元に復元することは死者にとって全く意味の無いこと。あの世は肉体のいらない魂の世界。でも心と思いはそのまま形になる世界。人は亡くなった後それぞれの魂の段階に応じて行く世界が違うが、会いたい人には必ず会えます(会いたいと思う姿のままで)、だから死は永遠の別れではないのです。あの世で再会した時に恥ずかしくないように、生かされていることに感謝をし、日々大切に生きることこれが本当の供養になるのです。

NO51. 数多の開運グッズを購入したり開運スポットを訪れるが一向に開運の兆しが見えないと嘆く40代の男性のケース
「ありがとうの言葉に優る開運グッズ(法)は無し」


パワーストーンを始めいろいろと開運グッズと言われるものを購入するも、どうも余り運気向上していないようで、悩んでいるとのこと。
 
世の中には、縁起物とかパワーストーンとか確かにプラスのパワーを授けてくれる物もあれば、一見そのように見えても全くパワーの無い物、それどころかマイナスのパワーの入った代物まであります。購入の際にお気をつけ下さい。只そのような物よりも安価(ただ)で確実に善のパワーに溢れたものが、「ありがとう」という言葉なのです。しかも心を込めなくても効果があるのです。但し何万回という数はこなす必要があります。試すなら3日間続けて見て下さい。もちろん食べる時と喋る時を除いて四六時中です。3日目には心の底から熱いものが湧き上がってきます。
骨折で全治3ヶ月と言われた方が「ありがとう」を言い続けて1ヶ月で治り、ひどいアトピーの子供が良くなり、脊髄損傷で3ヶ月絶対安静の方が上を向いて「ありがとう」を言い続けて半身不随が免れたり・・・このような事例は枚挙に暇がありません。謙虚に感謝の心で自分の周囲にあるもの、机、時計、皿、カップ、ノート、ペン、服・・・、を見れば、ある時点を越えると、こちらこそありがとうとそれらが話しかけてくるのが聞こえてくるようです。当然物だけでなく、人間。自分の周りの人に対してもいつも「ありがとう」のシャワーを心を込めなくてもよいのです。とりわけ良好でない人間関係には特に投げかけてみましょう。不機嫌な人、自分に攻撃的な人、マイナス思考の人・・・。きっとおもしろいことが起きますよ。
実は自分にとって苦手な人、嫌な人は決して悪い存在ではなく、自分を磨いてくれる大切な人なのです。いじめてくれてありがとう。ばかにしてくれてありがとう。いつも負担をかけてくれてありがとう・・・。何かをしてもらってありがとうではなく、してあげたときに「させてもらってありがとう」この気持ちがあなたの運勢を劇的に向上させてくれるのです。

NO50. ひとり娘のため、一人っ子である彼との結婚を反対されている女性のケース
「亡くなってからの供養ではなく、生きているときにどれだけ愛と感謝を込め接したかが大切」


ひとり娘であるが故、絶家にならぬために婿養子をとるようにと、親に一人息子である彼との結婚を反対され困っているとのこと。
 
世間では昔から、ひとり娘が嫁に出ると、家系が絶える即ち絶家するといい、ご先祖のまつり手がなくなり、ご先祖が苦しむと言われますが、魂の立場からいえば、死んだあと、それらの事(供養する者がなくなるという事)に拘る魂(死者)はないようです。生きている人間が勝手に、あるいは宗教、ある種の職業の人達がそう思い込んでいるだけなのです。確かにご先祖を敬う気持ちが大切なことは、言うまでもありません。ところが大概の親は、自分の周囲に子供・孫を置いておきたかったり、老後の面倒を見てもらいたいという下心(欲望)が見え隠れ、一方子供の方は、親孝行な子供に見られたいという見栄体裁があったりします。家を継ぐという形式に拘るよりも、もっと実際的に両親の面倒をしっかりとみること、老後でも病気でもその時々において愛情と感謝を精一杯尽くすことがが大切なのです。子孫の代にお墓参りをする人が無くなってしまったからといって、亡くなった人が成仏できないということはありません。もし墓参する人が無ければ、成仏できないのであれば、子供の無い人、身寄りの無い人は成仏できないことになりますが、決してそんなことはありません。成仏つまり魂の浄化で大切なことは、この世に執着や未練をもたないこと、しっかりと自立心をもって亡くなった人は速やかに浄化の道を辿ります。現に独身の人、子供の無い人の方が浄化が早いケースが多い、それは始めから現世の人の供養を当てにしていないから。子孫の供養を当てにして、当てがはずれ気にしたり、端からあの世の存在を否定する人も浄化が遅れるようです。要するに魂の浄化(成仏)には、お墓の有無や、追善供養で決まるものではないのです。

NO49. この世は不公平だと嘆く、ガンになった51才の僧籍を持つ社長のケース
「悟りとは すべてを受け入れること」


自分は真面目に正しく生きてきた、世間には悪いことをし、他人を苦しめているにもかかわらず、正しい自分が病に倒れ、正しくない者がのうのうと生きているのは許せないとのこと。
 
世の中には他人に迷惑をかけ、嫌がられている存在でありながら楽しく長生きをし人生を謳歌するものがいるというのに、自分は何も悪いこともせず正しく生きてきたのに、余命数ヶ月と言われ若くして死んでいかなければならないのは、理不尽で、私が一体何を悪いことをしたというのか、納得がいかずこのままじゃ死んでも死に切れないと。この方はおそらく「正しく生きる」ということを人生の中で最も大切にしてこられたのでしょう。実はもっと大切な「楽しく生きる」と言うことを忘れていたのではないでしょうか。「悪いことをしてる人に何も無く、正しく生きてきた自分に何故こんなことがおきるのか?」これは自分の運命を恨み、受け入れようとしていない、そのストレスが病気(ガン細胞を作る)の原因にもなっているのです。
先日テレビで、元来人並み外れた体力  筋力の方が働き盛りの時に事故で両腕を失って入院中に、夢に神様が出てこられ、本人に腕を元通りに戻してあげましょうと言われたそうです、ところが彼はその場で断ったそうです。何故なら私は両腕を失ったことで、今まで(健康であった時には)得ることのできなかった多くの事を得、学びました。とりわけ人々を始め全てのものに対する感謝の気持ちです。それまでは何でも当たり前だと思っていましたと、だから私は両腕の無い今が一番幸せですと言っておられました。そしてその運命を喜んで受け入れ試行錯誤の末にその体で楽しく絵を描き、文を書き多くの人々に感動のメッセージを送り続けておられます。
「こうありたい」とか「こうあってはいけない」ということは執着なのです。執着がストレスになり病気を生むのです。過去も現在も未来もすべてをただただありのままに受け入れることが大切な学びであり悟りなのです。 

NO48. 神経痛、痛風の家系なので不安だと言う主婦のケース
「笑いは肯定、質問は否定」


代々神経痛や痛風の者が多く、現に自分もその兆候が出始めており、さらにガン検診にも引っかかり悩んでいるとの事。
 
この方は、日干が庚で月干も庚の比肩、知らず知らずに他人を傷つけたり、トラブルの多い人生、しかもその原因が自分にある。又宿曜は翼宿で、自分にも他人にも厳しい星。もちろん遺伝と言うこともあるのでしょうが、どうやらこの方の今生におけるテーマもこの辺りにありそうです。今や科学的にも、笑いが免疫力を高めることは証明されております。日本でも有名な現在ノーベル賞に最も近いと言われている村上和雄先生が吉本興業とのタイアップで行った実験によると、ガン細胞だけを見つけてやっつける細胞、即ちNK(ナチュラルキラー)細胞がお笑いを見る前は平均40%稼働しており、それから3時間お笑いを見た後は70%稼働、つまり免疫力が約倍になるのです。その後吉本興業は、自分たちは単なるお笑いをやっているのではなく立派な健康産業なのだとさらにNK細胞の事を(なんば花月)細胞と呼んでいるとか・・・。又神経痛、痛風、リウマチの人は神経が緩んでいないので痛むようです。病気にも国民性があるようで、リウマチは伝統と格式を重んずる英国人に多い病気だそうです。リウマチになる人は、他人が赤信号で渡るのを見ると許せないそうです。「許す」という言葉の語源は「緩ます」で、他人に対して厳しく自分に対して厳しい人はなかなか笑わない。笑うということは肯定なのです。聖書に「なぜかなぜかと問いかけることなかれ」という言葉があります。問いかけることは否定することなのです。「なんであなたはゲームばかりしているの?なんであなたは勉強しないの?」これは一見質問しているように聞こえますが、実はゲームばかりしているのが気に入らない、勉強しないのが気に入らないと愚痴・不平不満・文句即ち否定をしているのです。何でも自分の思い通りにしようとするのではなく、目の前の事を黙って受け入れ、淡々と笑顔で乗り越えることが人生のテーマなのです。なぜか?なぜか?と否定せず、ありのままに受け入れていく方が良くなる早道なのです。

NO47. 弱いチームをどうすれば勝てるのか悩んでいる監督のケース
「人を伸ばす(子育ても含め)秘訣は、ええとこ探し」


負けてばっかりのサッカーチームの監督が、選手にどう指導すれば強くなり勝てるようになるのか悩んでいるとのこと。
 
そこで、監督にチームの状態を尋ねてみたところ、うちの選手は、背が低く、テクニックが下手で、練習場が狭く、ボールの数も足りなく、・・・。あら探しが延々と続くかと思われたので、ところであなたのチームで良いところはどこですかと尋ねると、(ええとこ探し)必ず練習5分前には全員集合する、負けても笑っている、年齢が若い、足は速い、スタミナは・・・。人間は悪いところを見ていると、良いところが見えなくなるもの。このチームが弱いのは監督の未熟さ故であることが分かる。監督が変われば(伸びれば)、チームも変わる(伸びる)。親が変われば子供が変わるのも一緒である。負ける理由を考えるのではなく、どうすれば勝てるのかを考えることが大事なのです。即ちそのチームの長所を生かし伸ばしそれで勝負することなのです。又教育現場でも評論家が、もっと子供と向き合うべきなどと言っているが、ともすればこれは、子供の前に立ちふさがり、あら探しつまり、ここがダメ、ここが気に入らない、ここを直せ、・・・と言っているようなもの。スポーツでも学問でも指導者として大切なことは、そのスポーツや学問のおもしろさ、何故これらがおもしろいのかという動機付けをすること。そして面と向かって説教をするのではなく、指導者自身がそのおもしろさをたくさん知っていてどんどん楽しそうに取り組んでいる姿を見せれば、人は自ずと背中を追いかけるのです。

NO46. 子育ての失敗は、自分の育て方が間違っていたのかと悩んでいる46歳の母親のケース
「親が愛しているのは本当に子供?それとも自分?」


長男は、割合と親(母親)の言うことも聞き順調に大学まで合格したのですが、次男が全然親(母親)の言うことも聞かず、おまけに最近は高校を不登校になってしまい途方に暮れているとの事。
 
本題に入る前に、今の学校教育の現状即ち他人と比較したり競争することを強いる、そして規則ばかりを厳しくする状況においては、行きたくないという方が正しいのではないかと思います。「こうあるべきだ」「こうでなければならない」と言う概念は外す時代に来ているのです。特に大学は、漠然とした考えで漫然と行くくらいなら、自分の好きなこと、やりたいことをする方が意義があると思います。
さて本題に入りますが、大学に行かせたいと言うのも、親の価値観を押し付けているケースが多く。又親の言うことを聞くことが本来の親孝行であると言うのもおかしい。次男がダメな訳でも、母親の育て方が間違った訳でも、ましてや子育ての失敗でもないのです。只母親が子供を自分の思い通りにしよう(自分の色に染めよう)としたために子供が反発しただけなのです。子供とて一人一人個性(固有の色)をもっているのです。今回で言えば、例えば母親が赤色だったとしましょう、たまたま長男は同じ暖色系の赤に近いオレンジ色だったのです。ところが次男は寒色系の青色だったのです。従って長男は自分に染め易く、次男は染められないし、染めようとすればおかしくなるの は当たり前。そこで結論、親は子供を自分の色に染めようとするのではなく、一人一人違うその子の色を見極め、濁らせることなく、その子の色のままで、世の中でうまく自分を表現出来るように応援し続けることが親の責務なのです。
最近続発する子供の親殺し、家族殺しはほとんどが親が子供を自分の思い通りにしようとする、つまり子供を愛しているかのように装い、実は自分が一番可愛く、自分を一番に愛している、いつも他人と比較し競争に勝ってきた愚かな親が原因なのです。

NO45. バツ2で、しかも子供の家庭内暴力からうつ病になり通院中の41歳の主婦のケース
「うつ病の原因は、否定的言葉による心因的ダメージ」


この主婦、最初の夫は浮気の連続、二人目の夫は暴力つまりDVである。子供二人は自分が引き取り育てるも、長男はほとんど音信不通状態、次男は家庭内暴力の日々。結果3年前よりうつ病で通院中とのこと。
 
現在世の中、病院にこそ行ってはいないが、潜在的なものも含めれば、かなりの方がうつ病と言っても過言ではないでしょう。何故か圧倒的に女性が多いようです。又10年以上通院と言う人もそこそこいるようです。お医者様には申し訳ありませんが、この現状から見て、薬や医療ではなかなか完治もたいへんのようです。ところが、ある方法でほんの数日で癒えるケースが私の身の回りでも結構起きておるのです。物事には原因があって結果があると言われますが、ではうつ病の原因は何か?それは否定的な言葉(つらい、悲しい、いやだ、しんどい・・・)、愚痴、悪口、文句等だけを来る日も来る日も言ったり聞いたりしていると罹患するようなのです。もちろんその方の置かれている状況を見れば、一見そういう言葉が出るのもやむをえないように見えるかもしれませんが、ところが同じ状況下にあっても、物の考え方、気持ちの持ち様によって、全ては自分の学びのためだと素直にその現象を受け入れ、そして肯定的な言葉(ありがとう、うれしい、たのしい、しあわせ、ツイてる等)だけを言い続け、否定的な言葉を言わなければ、うつ病は消えるようです。さらに医学的根拠、理屈理論はありませんが、特効薬としてトイレ掃除も効果があるようです。これらの方法は理屈では説明が出来ませんが、多くの結果として、数年間通院しても治らない人が数日の実践で治っているのです。高価なサプリメントや、副作用のある薬に頼るのは本人の自由だが、経済的かつ安全な方法として、うつ病の方は是非試されては如何でしょうか。

NO44. 拝み屋さん(霊能者)に、夫の病気が治ると言われ祈祷を受けるも、直後に夫が病死した主婦のケース
「危険な依存心(縋る心)の根元は我欲である」

ご祈祷を受ければ、病気がちの夫が元気になると言われ高額な祈祷料を払うも、その後夫が病死、ショックで妻まで体調を崩してしまったとの事。
 
この手の話は、世間には枚挙に暇がない。「因縁を消滅すれば・・・、除霊すれば・・・、病気が治る・結婚できる・金持ちになれる・・・。」誰しもあたかもそれが真の幸せであると思い込み、望むのであるが、それをお金(祈祷)により手にいれようとするのは、強欲以外の何物でもない。病気も貧乏も縁遠いのもそれ自体不幸と考えるのではなく、その状況から多くの事を学び、成長することが大事であり、つまり自らの課題とどう向き合っていくかその過程が大切なのです。安直に他人に頼るものではないのです。ズバリ、○○先生監修のお墓を作ると、よい供養ができ、家が栄える、幸せになれる。と言う訳の分からない話に乗る人も多いと聞く。供養は物(墓、仏壇、戒名、等)ではなく、心が大事なのです。高額な墓だから良いと言うものでは決してない。又寿命は一つの宿命、人は必ず死ぬ。長生きが幸せという価値観は即物的すぎるのです。寿命(死)にも大切な意味があり、単に長短の問題ではないのです。巷に数多霊能者と呼ばれる人がいますが、失礼ながらほとんどの方が低級霊(本人は神であると信じているが)が憑依している霊障者なのです。真贋の見分け方は、先ず人として一般常識を弁えているか、人格が備わっているか、人の欲望(弱味)につけ込み高額な金を要求しないか。ましてや、「あなたに、いい守護霊をつけて上げましょう」など、あなたはそんなに偉いの・・・?とツッコミを入れたくなるような低次元の輩に至っては論外。只もう一つ大事なことは、類は類を呼ぶと言います。騙す方も悪いが、騙される方も悪いのです。即ち、何事も自分の欲望を充たすことばかりを優先させるのではなく、目の前の現象(出来事)をありのまま受け入れ、その中で学びを得る生き方の姿勢を身につけることで回避できるのです。

NO43. 何度も人工授精に挑戦するもうまくいかず、不妊で悩む35歳の女性のケース
「養子もご縁、立派な我が子」


代理出産も勧められるが、費用の面やタレントのMさんのように周囲の目や声も気になるとのこと。
 
この世には、親のない子もいれば、子のない親もいる。養子であっても授かることに変わりはない。これも偶然ではなく必然即ち大切なご縁なのです。もっとも現行の養子制度にも、一年後の見直しが認められるという問題点もある、つまり一年後生みの親が、後悔の念から再び子供を取り戻すケースが多くなり、里親としては、一年間愛情をかけて育てても、返さなければならず、立ち直れないほどのショックを受けるというリスクもあるのです。さらに養子先が、有名人、大金持ち、…であれば、ゆすり、たかりの類もあるかもしれない。もちろん産みの親が不明であれば問題はないのだが。
余談だが、タレントのM・格闘家のT夫妻の場合には、授かる道に何の偏見も無く、養子の道も検討されたそうだ、ところが先程も述べたが、諸般の事情により養子の道は代理母以上に難しい道のりがあった故の熟慮しての選択であったと聞く。何も事情を知らない他人が頭だけで決めつける声など気にする必要はないのです。肉体と魂の観点から、本来は養子制度を利用することが正しいと言えるのだが、必ずしもそれしかだめと決めつけるのも正しいとは言えない場合もある。その人の魂の成長度に応じて、人工授精や代理母出産も選択肢としても良いのです。その結果歳月を経て、学びを得、魂の成長により養子の道でもよかった、授かることの意味が分かったと思える時も来るのです。大切なことは、子供を授かったことによる経験と感動がその人を育て、成長させてくれるということなのです。 

NO42. 職場やプライベートにおける人間関係に悩む28歳の会社員のケース
「どんな出会いも大切に」


今年に入り、同僚や上司、部下あるいは顧客、果てはプライベートに至るまで何故か苦手な(嫌な)タイプの人との出会いが多く悩んでいるとの事。
 
確かに彼は今年から空亡(天中殺・大殺界)で運気は、低迷期に入っているが、何か悪いことが起こるのではと恐れる必要はない、むしろ試練の年程自分が成長できるチャンスの年なのです。もちろん自分が前向きに学ぶ気があればのことですが。さて、「袖振り合うも他生(多生)の縁」 因みに他生は前生と来生の意味、多生は何度も生まれ変わることであり、よく誤用されるが決して多少(少しは)ではない。即ち、ちょっとした出会いも生まれてくる前からのめぐり合わせであり、深いご縁があるのです。出会いは宿命(偶然ではなく必然)、しかし出会う人とどのようにつき合うかは運命、自分次第でどのようにでも変えられる。いい関係が築けると、きっと幸せな気持ちになれるだろうが、うまくいかないときでも必ず何か学びがあるのです。従ってどんな縁も大切にすることが大事なのです。実は嫌な人と出会うのは、自分を成長させるためであり、ただ単に相手を嫌い避けていても、切れなかったり、又同じようなタイプの者が出てくるのです。それより出会う人を見れば、自分の姿を知ることが出来たり、何かに気ずかせてもらえることがあります。そこで相手を変えようと するのではなく、先ず自分を変えようと努力すること、そうすると自分が成長でき、自ずと成長できた自分と同じ波長を持つ人との出会いを呼び寄せることができるのです。つまり魂が磨かれることでいい人との出会いが増えるのです。私達は縁のない人とは出会いません。出会う人は全て縁のある人。苦手な人との出会いは、自己を省みて、己の至らなさを知り、魂を磨き、波長を高める努力をする時なのです。意味のない出会いはありません。

NO41. 最愛の母の死から立ち直れない29歳の女性のケース
「故人を安心させることが一番の供養」


母が他界し3ヶ月になるが、未だに悲しくて、寂しくて泣き暮らしているとのこと。
 
人として生まれて絶対に避けられないものが、死である。そして親しい人との別れ(死別)ほど悲しくつらいものはない。今回相談の女性(未婚)は幼少の頃より、母ひとり子ひとりの母子家庭で、親子であり時には姉妹のように、寄り添い助け合って生きてきたため、その寂しさもひとしおなのでしょう。しかし死は避けられないということを認識すると共に、死は決して終わりではない、愛する人との関係は続いていくのだということも認識して欲しい。ましてや世の中には逆縁と言って、親が子の死を弔うこともあるのです。もし彼女が先に死んでいたら、愛する母をもっと悲しませることになるのです。そう思えば順縁であったことをむしろ喜ぶべきなのです。人は亡くなると、その魂が後頭部からエクトプラズムとなって肉体を離れ、天井付近から先ず自分の亡骸を見るそうです。又通夜や葬式の時も遺体ではなく、上空からその様子を眺めており、不思議に生前の痛みや苦しみは消えているのだそうです。人生の長さに関係なく、寿命というのは死ぬべき時が来たという事であり、残された者に対し、別れの辛さを乗り越え、強く生きなさいという最後のメッセージなのです。故人は あの世(行くべき所)で生きているのです。そこでまだこの世で生きる我々が、故人に「どうして私をおいて死んだの、寂しいから逝かないで、早く戻って来て・・・」と懇願したり、落ち込んでいると故人は安心して本来行くべきところに行けなくなるのです。この世に残る我々は故人に対し「今までありがとう、私たちは大丈夫しっかり生きるから、心配しないで・・・」と安心してもらい、そして折に触れ故人を思い出してあげることが一番の供養になるのです。

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